プロローグ

早いもので、わが愛するジュニアはこの4月、小学4年生になりました。
何となく「何か習い事でもどうかな」と思い、一年生になる少し前からサッカーを始めたジュニア。
スクールに通い始めたものの、最初はボールに触れる事さえ出来ず右往左往するばかり。
親父の心には、何とも言えない切なさがこみ上げたのでした。
ママチャリの前椅子にジュニアを乗せた帰り道。
僕らは話し合いました。 
 
「ぼく、サッカー好きじゃない」(Jr)
「どうして?」(親父)
「だって、全然面白くないもん」(Jr)
「じゃあ、◯◯(息子の名前)がボール触れるようになるまで、パパが教えてあげるよ」(親父)
「ぼく、できるかな・・・」(Jr)
「パパ、自分はサッカーやったことないけど、運動の勉強はたくさんしているから」(親父)
「・・・」(Jr)
「ボール触れるように、必ずしてあげるから」(親父)
「ほんと?」(Jr)
「パパ、◯◯に嘘付いたことある?」(親父)
「ない」(Jr)
「でしょ」(親父)
「じゃあ、ぼく、がんばってみようかな」(Jr) 
 
初夏の香りを少しずつ感じ始めた頃――。
ジュニアとふたり、サッカーに取り組む日々は、こうして始まったのでした。 
 
 
あれから3年の月日が過ぎました。
ジュニアは地元少年団で中心選手になりました。
ボールがさわれるどころか、
2年生の終わりに受けた某名門Jクラブのセレクションでも最終選考まで残るほど実力を身につけました。
親父の夢は膨らみます。 
 
「ジュニア、もしかしたら、プロ選手になれるかもしれない・・・」
親父コーチとのマンツーマントレーニングは日々厳しさを増します。 
 
「サッカー好きじゃない」
と言っていたジュニアもまた
「将来はプロサッカー選手になって、スペインリーグでプレーしたい!」
と夢を持つように。 
 
少年団の練習が終われば二人で自主練。
やる気のない態度を見せた時は鉄拳制裁も。 
 
「プロになりたいんだろ!だったらもっと真剣にやれよ!」 
 
ジュニアは怒られるたびに涙を流し、それでも親父コーチの練習に付いてきました。
少年団はセレクション直前に退団しました。以後は無所属のままふたりきりで練習の日々。
3年生に上がると同時に、某強豪クラブに移籍。
ジュニアと同じようにプロを目指す子どもたちばかりの環境でサッカーに取り組む事になりました。
来年こそは、J下部に合格だ!
親父コーチは張り切りました。
さらに、少年団で一緒だった友達でジュニアにとっては親友でもある子が、ジュニアも目指していたJ下部クラブに入団した事も、親父の気持ちを熱くしました。
ジュニアの心は、日々サッカーから離れて行っているのも知らずに・・・。 
 
 

「〇〇、何で練習行かないの?」(親父)

「お腹痛いから」(Jr) 
 
次第に練習をさぼるようになったジュニア。
二度目の挑戦となったJ下部セレクションも二次で落選。
問い詰める親父コーチ。
あまりにやる気のない様子に堪忍袋の緒が切れた親父コーチは、
ジュニアにこう言いました。 
 
「おまえ、プロ選手になりたいんだろ!」(親父)
「・・・・・・」(Jr)
「だったら本気でやれよ!」(親父)
「やってるし!」(Jr)
「やってないじゃん!」(親父)
「やってるし!!」(Jr)
「ウソ付け!昨日も一昨日も練習さぼってゲームやってたの知ってるんだよ!」(親父)
「・・・・・・」(Jr)
「本気じゃないなら、パパもう教えないからな!」(親父)
「良いよ」(Jr)
「何!? もう一度、言ってみろよ!」(親父)
「別に良いよ、だって、パパと練習しても全然楽しくないし」(Jr)
「・・・・・・」(親父) 
 
親父コーチは言葉を失いました。
あんなに一生懸命に教えて来たのに。
おまえの夢を叶えるために、これだけ協力してきたのに・・・と。
親父の情熱は、独りよがりな思いやりに変わっていた。
そう・・・。
我が愛すべきジュニアは、いつの頃からか、
「サッカーがうまくなりたいから頑張る」ではなく、
「パパに怒られるから仕方なく」という理由で、サッカーをするようになってしまったのです。
親父はその事に薄々気付きつつも気付かないふりをして、ひたすらスパルタトレーニングを強要していたのでした。
ジュニアと親父の間には深い溝が出来てしまいました。
ジュニアからは「パパもママも、もう練習見に来ないで」と言われてしまいました。
以後、ジュニアはこれまでのうっぷんを晴らすかのように、練習は気の向いた時だけ通い、あとはゲーム、買い食い、とやりたい放題。
サッカーばかりか学校の勉強もまったくせず。どれだけ怒っても反発するだけ。
親父は反省しました。
元々は、サッカーが好きになって欲しい、頑張る事の素晴らしさを知って欲しい。そう思っていただけなのに、と。
でもいつの頃からか本人の気持ちはまったく考えず、
ただサッカーがうまくなる事だけしか考えなくなってしまっていた。
 
ある日、困り果てた親父は、旧知の友人に相談しました。
かつて湘南ベルマーレでキャプテンを務め、Jリーグ通算204試合に出場した男。
20代前半だった20年前に縁あって知り合い、
当時は活動するフィールドは違うものの毎日のように、他の仲間と一緒に食事に出かけていました。
彼の名前は梅山修。愛称は「ウメ」
引退直後に新潟市議会議員選挙に立候補し当選。
現在は教育改革や地域スポーツ振興などに尽力する傍ら、
アルビレックス新潟のスクールで週1回コーチをしているウメに、ダメ親父は相談する事にしたのでした。
ジュニアの、サッカーの楽しさを取り戻すため。
そして・・・。
親子の絆を取り戻すために。 
 

第2回につづく….


 

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