鈴木啓太 浦和レッズ スペシャルインタビュー

豊富な運動量と高い守備力が武器の鈴木啓太選手。現在は、Jリーグ・浦和レッドダイヤモンズのキャプテンとして抜群のリーダーシップを発揮しながら、チームを力強く牽引している。日本代表でもこれまで28試合の国際試合に出場し、今なお国内トップレベルに位置するボランチの1人だ。その鈴木選手が自身のサッカー半生を振り返りつつ、サッカー少年や親御さんたちにメッセージを送ってくれた。そこにはサッカーが上達するヒントが隠されているかもしれない。

 

サッカーを始めたきっかけからお話しいただけますか?

記憶が定かではないのですが、アルゼンチンのマラドーナ選手か、アニメの『キャプテン翼』がきっかけなんです。マラドーナがすごい選手だったことと、幼稚園のときにマラドーナのサイン入りのトレーナーを着てサッカーをやっていたこと、あと『キャプテン翼』を見ていたことは覚えています。3歳か4歳のころ、サッカーをやりたいという話を親にしたらしく、それで近くのクラブチームに入って、土曜日の幼稚園が終わった後にクラブでサッカーをやるようになりました。

どちらのクラブに入り、そこではどんな練習をしていたのですか?

「清水第八クラブ」で、杉山勝四郎さんという方に指導していただきました。杉山監督の双子のお子さんが僕と同級生で、いつも一緒にボールを蹴っていましたね。清水という土地柄や熱心な指導者がいるクラブチームが近所にあったことなど、サッカーをやる環境は整っていたと思います。ただ、当時やっていた練習はあまり覚えていません。杉山監督が楽しくやろうと言っていたこともあり、ほとんど遊びながらやっていたはずです。清水第八クラブには女子のチームもあるので、そこのママさんや大人の女性たちと一緒にやる機会は多かったです。

少年時代のポジションは? 当時の、印象に残っている試合はありますか?

当時からずっとミッドフィルダーです。小学校のときはやはり、よみうりランドでやった全日本少年サッカー大会ですね。ちょうど僕が1年生の頃、のちにセレッソ大阪や日本代表で活躍する西澤明訓選手が同じ小学校の6年生で、清水FCの一員として全国大会で決勝まで行った憧れの存在だったんです。自分もいつかそういう場所に立ちたいなと。清水FCに入った3年生ぐらいからはその一心でやっていましたね。
6年生のとき、前年度に清水FCが優勝していたので、僕たちの年は静岡県から2チーム出ることができました。僕のいた清水FCと浜松JFCです。その2チームは、県大会で順位を決めるために一度対戦して僕たちが負け、全国大会でもお互いに勝ち上がり、静岡県同士の決勝戦で僕たちはまた負けてしまいました。浜松JFCがすごく強くて…。そんな全日本少年サッカー大会は、夢と思い出が自分の中でシンクロする大会で、最終的に残ったのが悔しさだったこともあって、とても印象に残っています。

昔から友達やチームメイトの中でもリーダーシップを発揮していたのですか?

そうですね。結構やっていたと思います。高校生までは当然、みんながプロフェッショナルではないし、モチベーションも人によってバラつきが出てしまう。小学生あたりだと、ちょっとしたことで気持ちも左右されるので、そこは自分が良い練習するためにも、雰囲気づくりや声掛けは率先してやりました。どうせやるなら、みんなで楽しくやりたいし、その中でも何よりうまくなりたいという気持ちもありましたから。それが正しかったかどうかはわかりませんが、少しやる気のない仲間がいたら「やろうぜ!」と声をかけたりして、楽しさと厳しさのある雰囲気づくりを意識していました。

中学は東海大一中に進学しました。当時はどんな練習をしていましたか?

とにかく「3対2」をやることが多かったです。敵となる2人に奪われないように、3人でボールを回す練習です。1時間とか1時間半ぐらい永遠と(笑)。3対2は技術が必要ですから、相手と相手の間を通すような”いなす”プレーや、周りをしっかり見ておくといった意識は自然と身についたと思います。他にはコーンドリブルとか、浮き球を正確に蹴るボレー。いつもそういう練習を繰り返した後にゲーム形式をやっていましたね。

食事に関しては、いつ頃から気を配るようになりましたか?

小学校の頃からです。たとえば家族の中で、僕だけ品数を1、2品多くするとか、母親がそういったことをきちんとやってくれていたので。だから両親と姉には感謝しないといけないですね。その後、食事についてはこれを食べた方がいいとか勉強することもありましたが、原点となったのは子どもの頃に家で食べていた食事です。品数は多く、できるだけたくさん食べる。高校のときには基礎的な部分はほとんどできていたと思います。昼の弁当は母が栄養を考えて作ってくれました。それで足りなければ、練習前にパンを食べたり、練習後にフルーツを食べたり。飲み物も100%のジュースや牛乳で、炭酸などの甘いものは飲まなかったですね。
僕自身、身体が細く、恵まれているわけではありませんでしたから、これじゃあ、プロになれないという思いが出発点になっています。足りない、だったらこれで補おうと。あるものから削っていくというよりは、足りない分をつけ足していくという感じです。同じ中学で2つ年上だった高原直泰さんは当時から身長が180㎝ぐらいあって、そういう先輩を見ていた僕としては、これでは足りないと感じずにはいられませんでした。

プロの選手になれた理由は、主にどういうところにあると思いますか??

サッカーを始めた当初から目の前の戦いで負けないということにはこだわっていました。試合中はもちろん、たとえばシュート練習でも、チームメイトと数を競って俺の方が決めたとか。ただ当然、負けることもあるんですね。勝ち負けは必ず出てくるものです。プロになれたのはそこで、じゃあ何で勝てたんだろう、何で負けたんだろうということを一つひとつ追求してきた結果なのかなと。最終的な目標だった「プロのサッカー選手になる」とか「日本代表に入る」といった強い気持ちが、要所、要所で経過を確認することを怠らせなかったような気がします。目の前の相手に勝っていくことがプロの世界への最短の道ではありますが、たとえ負けたとしても目指している方向が間違っていなければ、自分の歩んでいる道はこれでいいんだと確信を持てるんです。

納得できる負け方をするということですね。

とは言っても、負けたときにすべて納得できたわけでもありません。もし納得できなければ、夜遅くまでボールを蹴ったり、何で負けたんだろうと寝るまでずっと考えることも少なくなかった。悔しくて眠れなかったです。プロに入っても3、4年目ぐらいまでは、寝る前までずっとサッカーのことばかり考えていました。負けるのが嫌だったんでしょうね。結局、プロの選手って、みんなホントに負けず嫌いなんです。よほどの負けず嫌いか、本当の天才か。だから自分がプロになれたのは、すごく良いライバルに出会えて、その中で負けたくないと思っていたから。良い仲間、良いライバルに巡り合い、その中で戦う自分をどれだけ持っているかが大切なのかなと思います。

啓太選手にはお子様がいらっしゃいますね。自分が親になって思うことはありますか?

娘は今、2歳です。日々、忙しいなぁと思ったりもしますが、子どもを育てることでいろいろ感じることはあります。親がどんな気持ちで自分を育ててくれたんだろうというのは強く思うようになりました。僕も親になって、娘がワーっと泣いているときに困ることもあります。でも、僕にもそういう時期があったわけだし、子どもに対しての愛情を持って、自分が親にしてもらったように娘にもしてあげたいなと。もちろん、父親や母親に怒られることもありましたけど、その中には愛があったんだなって。子育てというのは、自分の子どものころを俯瞰して見ることなのかもしれないですね。娘はもうすぐ僕がサッカーを始めた年齢になるので、よく周りの人に「将来はなでしこジャパンで?」と言われます(笑)。強要はしないつもりですが、彼女自身がサッカーをやりたいと言ったら、やらせてみてもいいかなと思っています。

子どもたちに今、こういうことやっておけばいいというアドバイスをお願いします。

今はレベルがどんどん上がっていて、僕たちが小学校の頃にやっていたことが良いのかどうかわかりません。ただ、その時代その時代に素晴らしいプレイヤーがいますから、そういう選手のプレーをどんどん見てほしいと思います。僕たちの時代は『サッカーマガジン』や『ストライカー』といった雑誌から情報を得ていましたが、今は海外の選手を映像で見る機会が増えましたからね。Jリーグだけじゃなくて、ヨーロッパや南米のクラブチームの試合など、いろいろなサッカーに触れてみてください。
そこで大事なのは、同じ世代の中で常に真剣勝負をしてほしいということ。将来、彼らがプロの選手になったとしても、僕たちと勝負するわけではありませんからね。身近な仲間でも、他県や海外の選手でも構わないと思います。あいつにだけは絶対負けないと思える良いライバルを作ってください。そして、その場その場の戦いで勝ったときに、勝ったからと言ってそこで満足してもダメです。満足したらそこでおしまい。だから、たとえば同じ小学校内で一番になる。次は地域の中で一番になるとか、そうやって次々に目標をクリアしていきながら、一生懸命、楽しんでサッカーをやってもらいたいですね。

親御さんたちへも、ぜひアドバイスをお願いします。

御家庭ごとにそれぞれいろいろな考え方がありますし、僕がそんなに偉そうに言うことでもないですけど、ときには厳しく、愛情を持ってお子さんたちに接していただければと思います。あまり熱心すぎてもいけない気がします。難しいですけどね。子どもの笑顔というのは、親にとってもエネルギーになります。それを作っていく感じでいいのかなと。僕自身、自分が楽しくプレーしていれば、父親や母親も楽しいようですし、子どもが楽しんでいると、きっと親は楽しいものなんでしょう。だから子どもに対しては、「あなたのサッカーを観るのが楽しい」と思うことで、子どもも親をもっと喜ばそうというような気持ちが生まれてくるはずです。子どもが楽しんでもらうために親が何か一生懸命やるのではなく、気軽に楽しむことを心掛けてもらえれば、子どもも伸び伸びと楽しんでできるのかなと思います。

最後に子どもたちにひと言、エールを

厳しく楽しく、ですね。スポーツとかサッカーはそもそも楽しむためにあるものなので、あまりストイックになり過ぎてもいけないと思います。でも、適当にやっていては楽しくない。大変な思いをしたんだけど、がんばって勝ったから嬉しいとか達成感を感じられるんです。お互いが真剣勝負をすれば、ちょっとしたことで勝敗が分かれますから。だから自分に対しては常に厳しく、でもその中でも楽しさは忘れちゃいけないということは、ぜひ意識してください。あとは一つの結果やプレーに満足しないで、どんどん次、次というふうに目標を持ってやってもらいたいなと思います。

2011年12月 インタビュー


 

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